分析事例

2次元NMR法による構造解析

2次元NMR法は1次元NMRからだけでは到底得ることのできない種々の情報を与えます。2次元NMRには非常に多くの有用な手法がありますが、ここでは結合を介した相互作用、すなわち結合電子を通したスカラー(J)カップリングを利用した2次元NMR法、さらにそのなかでも未知有機化合物の構造決定に有効な手法を紹介します。この種の2次元NMR法では主として1Hや13Cのつながりを順に追いかけることで未知有機化合物の部分構造を明らかにし、さらには全体の構造(1次構造)を推定することができます。
弊社で標準的に行っているNMRによる1次構造の解析は1次元1H、13C NMRの測定、次に1H−13C HSQC、1H−1H COSY、最後に1H−13C HMBCや1H−1H TOCSYです。試料量が限られる場合には最も感度の高い1次元1H NMRとその1H核のみで測定可能な1H−1H COSY、1H−1H TOCSYのみを測定することもあります。
表1にこれらの2次元NMR法をまとめました。

表1 各種2次元NMR法の相関と説明

手法相関
(○は1Hを、●は13Cを示す)
説明
1H−1H COSY2〜3本の結合を隔てたJカップリングを有するプロトンの同種核シフト相関を示します
(左の相関図の
1H−13C HSQCプロトン観測による結合1本を隔てた異種核カップリング(ここでは1H−13C)を示します
1H−13C HMBCプロトン観測によるロングレンジ異種核カップリングを示します (1H−13Cの場合は2〜3結合隔てた核間の相関が検出されます)
1H−1H TOCSYカップリングしているスピン系中のプロトンJカップリングリレー、カップリングネットワークがあれば、遠くにあるプロトンの相関を検出できます

2次元NMR法を用いた構造解析例

主としてイブプロフェンとカフェインを含む市販頭痛薬のNMRによる構造解析を紹介します。
ここでは1H−13C HSQC、1H−1H COSY、最後に1H−13C HMBCの測定を行いました。
図1に化合物の構造式を、図2〜4に各種2次元NMRスペクトルを示します。

図1 カフェイン、イブプロフェン構造式

図1 カフェイン、イブプロフェン構造式

図2

図2 カフェイン、イブプロフェン1H−13C HSQC

図2の1H−13C HSQCではプロトン観測による結合1本を隔てた異種核カップリング(ここでは1H−13C)を観察できます。例えば7ppm付近に2本のイブプロフェンの芳香族1Hが存在し(I6、I7)、その交差ピークから128ppm付近の各芳香族13Cと直接結合していることがわかります。同様に各々の交差ピークから結合1本を隔てた1Hと13Cのつながりを決定できます。

図3

図3 カフェイン、イブプロフェン1H−1H COSY

図3の1H−1H COSYではJカップリングを有する1H−1Hのつながりを把握できます。ここではイブプロフェン由来のI4−I3−I1及びI5−I2の結合が見て取れます。それとは対照的にJカップリングのないカフェイン由来の1Hには交差ピークがみられませんでした。また点線で結んだ交差ピーク以外にも交差ピークが観察されていますが、これはイブプロフェンとカフェイン以外の成分に起因するものです。

図4

図4 カフェイン、イブプロフェン1H−13C HMBC
(F1軸:13C化学シフト、F2軸:1H化学シフト)

図4の1H−13C HMBCでは1Hの結合していない炭素(>C=C<や−COO−など)を含めた異種核スピンの相関を観察することができます。例えばイブプロフェンのプロトンI5と176ppm付近の−13COOHとの相関が示されています。またイブプロフェンの芳香環とI4、5やカフェインのロングレンジの相関も検出されています。
以上のように種々の2次元NMR法を併用することで未知化合物の構造解析が可能です。