X線光電子分光(XPS, またはESCA)は光電子分光の1種で、励起光にX線を用いた測定法を指します。図1に示すように、真空中でエネルギーhνの単色X線を試料表面に照射すると、光電効果により原子の内殻もしくは価電子準位に属する電子が励起され、運動エネルギーEkの光電子として真空中に放出されます。電子の物質内部での結合エネルギー(Eb)、仕事関数(φ)を用いて運動エネルギーは次式で表されます。
Ek=hν-Eb-φ
結合エネルギーは元素に固有の値であるため、光電子の運動エネルギーを測定することで、試料に存在する原子種(H, Heは除く)およびその量、化学結合状態などの情報を評価することが可能です。
光電子の平均自由工程は数nm以下であるため、XPS分析では光電子の脱出深度である表面から数nm程度の非常に浅い領域のみを分析することが可能です。
図1 光電子発生の模式図
XPS分析は分析深さが非常に浅いことから、薄膜の分析、各種材料の表面処理や劣化による表面状態の評価、剥離面の表面状態の評価などに適用できます。また、真空雰囲気下で測定できる試料に限りますが、導電性の有無を問わずに様々な試料の測定が可能です。
XPS分析は分析深さが浅いことから、イオンビームスパッタリング技術と組み合わせることで、深さ分解能の高いスパッタデプスプロファイル分析が可能となります。カネカテクノリサーチのXPS分析では、Ar単原子イオンビームとArガスクラスターイオンビーム(Ar-GCIB)の選択が可能です。それぞれの特徴を表1にまとめます。Ar-GCIBスパッタについては、試料内部の露出だけでなく、試料の表面汚染の除去にも効果を発揮します。
表1 照射イオン種によるスパッタエッチングの特徴(加速電圧5kVを例として)
試料内部からの光電子の検出器方向への脱出深度(=3λ)は、X線の試料への照射方向に依らないため、表2に示すように光電子の脱出角度(θ)を変化させると分析深さ(d)が変化します(d1<d2<d3:d∝sinθ)。この性質を利用することで、通常のXPS分析よりも浅いごく表面近傍の化学状態分析や、非破壊での深さ方向分析が可能となります。
表2 光電子の取り込み角度と分析深さの関係